百八の意味

天空寺院の図書館。
「本の宝庫」の名を持ち、数々の文献が所狭しと並べてある。
そこでは天空寺院の者だけでなく、たくさんの人が本を読もうと訪れる。
内装はとても広く、掃除が行き届いて埃なんて見当たらない。大きな窓からは朝と昼間の中間に位置する太陽が降り注いでいる。
図書館は開いてから間もなく、読書に耽る人でいっぱいとなった。
ロロは「本返却・貸出カウンター」と書かれたパネルの置いてあるカウンターで、本の整理をしていた。
大巫女様曰く、「書物に携わることは巫女として重要な事。」だそうだ。
する事といえばほかのカウンター番との箒がけと雑巾がけに、別室の図書館へ本を運んだりするだけだった。
多少は本当に巫女修行なのか訝しく思ってはいたが、大巫女さまが言う以上ちゃんと意味があることなのだろう、そう自分に言い聞かせていた。
朝と夜は図書館で本の整理をして、昼間はふつうの巫女修行だ。
カウンターの椅子に座って、ふぅと軽くため息をつく。そしていつも読んでいるちょっと分厚い本を取り出して、パラパラと開く。
この本はもう三度読破した。そしてもうすぐ四度目となる。
「ロロさん、いつもその本読んでいますね。」
ロロがカウンターの椅子に座って、読書に耽っていると、巫女がカウンターの外から親しげに話しかけてきた。
「はい。これとっても面白いんです。」
見慣れない人だな、と思いつつロロは答えた。
巫女はニコッと微笑みけると、左手に持っていた本をカウンターの上に置いた。
思わずロロはその本に見いってしまった。
タイトルが書かれてない。
持ち歩くに手軽そうな小さな本だ。
表紙はところどころはげており、紙は黄ばんで薄い紅茶のような色になっている。
思わずロロはその本に触れてしまう。
巫女はロロの手の甲にそっと手を置いて、語りかけるように言った。
「この本はあなたに読んでほしいの。」

カウンター番の交代時間になった。
ロロは人に番をまかせ、本を読んでいる人達に混じって自分も見慣れぬ巫女に貸してもらった本に読みいった。
内容はロロにはどうも理解しにくい感じのものだった。
それでも人が勧めてくれて本を途中で捨て置くのは失礼だと思って、ロロは読み続けた。
人は煩悩によって縛られ
人は煩悩によって動く
煩悩は生きる限り
永久に尽きることはなく
無くす事も不可能である
そして人の三大煩悩
食欲、集団欲、そして性欲
これら三大煩悩は数ある煩悩の中でももっとも強い想いである
三大本能が餓えてくると、人は時として・・・
ロロが文章を黙読していると、突然誰かが目をふさいできた。
「だーれだ?」
一瞬、驚いたが、声の主の正体はすぐにわかった。
そして声の主と目をふさいでいる人が別人だということも。
「目をふさいでいるのはポプカで、声を出したのはクロノアさんね?」
そういってロロは目をふさいでいる手を触った。
固いものと温かい、やわらかな感触がある。ポプカの爪と肌だな。
「ホラ、やっぱりばれるでしょ?」
クロノアの声が聞こえた。
と、目をふさいでいた手が離れた。
後ろを振り向いて、姿を確認する。
クロノアがポプカを持ち上げて、ニカッとしていた。
「ロロ正解〜♪」
クロノアが言った。
「クロノアが俺っぽく言わなかったからだろ?」
ポプカはクロノアの顔を見ながら不満そうに言った。
「ぇえ〜?!僕のせいなの?」クロノアはポプカを床に下ろした。
「二人ともこんなまで来てどうしたんですか?」
本を開いたまま机に置いて、訊いた。
「借りてた本を返しに来たんだ。ポプカは僕の付き添い。」
「そういうこと。」ポプカが元気よく言った。
クロノアは背負っていた青色のリュックから、ゴソゴソと本を探して取り出した。
「私が返却手続きしときますから、貸してください。」
「うん。ありがとう。」
クロノアに本を渡されたロロはカウンターへと戻って行った。

本のタイトルは、「ヒーローの痕」。
いかにもクロノアさんが借りそうな本だ、と思って返却手続きをする。
返却手続きはパソコンに本の名前と借りた人の名前を入れるだけの簡単なものなので、機械音痴のロロでも問題なくこなせる。
ロロは未だに文字の配列がよくわからないキーボードを凝視して、人差指でぎこちなく文字をういっていく。
返却本名:ヒーローの痕、借りた人:クロノア。これでエンターキーを押す。
カチッ。
゛この本は登録されておりません″
画面に浮かび上がった一行。
ロロは初めての事態に困惑する。
こんなこと今までなかったのに・・なんで?
自分の知識じゃどうしようもないので、横でカウンター番をしている巫女に声をかける。
「この本は登録されてないって出たんですけど一体どうしたらいいですか?」
巫女は何度か返却を試みてみるが、しかし、さっきと同じ一行が出てくるだけだった。
「きっと登録し忘れたのかしらね・・。ロロさん、悪いけど上の階のパソコン室で試してくれないかしら?」
ロロは「わかりました。」と返事をした。
「ねぇロロ今度これ借りたいんだけど!」
クロノアが新しい本を持って、カウンターの前に来た。
「はい。それよりこの本まだ返却手続きができてないので手続きをするために、上に行かないとだめなんです。」
「だったらボクもいっしょに上に行くよ。ボクの借りてる本だし。」
「じゃあ私について来てください。」
「ヒーローの痕」を片手にカウンターから出た。
クロノアはヘレンに本の貸出作業をお願いした。
「あれ?そういえばポプカはどこなんですか?」
クロノアは呆れたような口調で言った。
「トイレに行くって。来る時ジュースたくさん飲んでたからしょうがないよ。あの様子だと大の方だし。」
そういってクロノアは笑顔を見せた。
クロノアの笑顔はいつもロロを元気にしてくれる。
どんなに不安で、緊張していてもクロノアの笑顔さえ、いや、クロノアさえいてくれたら安心できる。
「じゃあ・・・すぐ行っちゃえば大丈夫ですね。」
ロロもクスッと笑い返した。

図書館の上にあるパソコン室。
毎週決まった曜日だけ開放されており、今日は開放されていない。
当然今日はドアに鍵がかけてあり、関係者以外は立ち入り禁止だ。
ロロは巫女に渡されたカギで、パソコン室のドアを開けると、クロノアと中に入った。
何十台ものパソコンが縦にズラっと並んでいる。
ロロはヘレンに渡されたカギで、パソコン室のドアを開けると、クロノアと中に入った。
ズラっと並んだパソコンの列の手前に一台だけパソコンが設置されている。
このパソコンで、返却手続きを行なう。
ロロはどうせすぐに下に戻るからいいか、と判断して電気をつけないでパソコンのところへと歩み寄った。
クロノアも特に気にならないらしい。
薄くらいパソコン室は、カーテンの隙間から直線に入ってくる日光のみが照らすだけだった。
「なんで本返せなかったの?」
パソコンの電源を入れたロロの横で、クロノアがパソコンの画面を見ながら言った。
「登録されてなかったらしいです。機械はよくわからなくて・・。」
「へー。ボクも機械の事なんてぜんぜんわかんないから、気にすることないよ♪」
いつもの軽い調子でクロノアが言う。
ロロは自然と笑みがこぼれて「そうですよね!」と開き直る。
ちょっとの沈黙が流れた。
と、クロノアが前触れもなく口を開いた。
「ロロって漢字得意?」
クロノアが漢字について語るとは想定外だった。
だが、漢字には多少の自信があった。学問を学ぶ事も巫女修行の一貫で勉強しているからだ。
「得意というか、毎日勉強はしてますよ。」
クロノアは手を顎に当てて、考え事をするような風貌で言った。
「ん〜と、火と百に悩むって漢字なんだけど。」
火と悩む・・?そんな漢字あったっけ?

ロロの頭の中で考察が巡る。
火と百に悩む・・・ 火 百 悩・・・
火百 悩・・・  煩悩
頭にパッと電球がついたときのような感覚だ。
「ああ!あれボンノウって読むんです。」
勉強の成果が思わぬところで発揮できて、小さな喜びを感じた。
「ボンノウ・・?それってなんて意味なの?」
「意味ですか?意味は・・なんて言ったらいいんでしょう・・・。」
頭ではわかっていてもなかなか教え方がわからないあの感じだ。
「えーと・・・でも何で煩悩なんて気になったんですか?」
いまいち上手く説明できないロロは話の方向を少しずらして見る事にした。
「さっき借りようと思った″ヒーローのとは″に書いてあったんだ。(ボンノウとは想えば想う程募り、減る事はあっても尽きる事はない。ボンノウとはそういうものだ。
ボンノウなくしてヒーロー叶わず。正しきボンノウこそがヒーローとしての器なり)って。」
こういった文献に煩悩なんて要いるのは何だか可笑しい感じがした。
ロロは少しの間考えて、簡単に意味を説明してみた。
「意味は欲しい、なりたいって思う気持ちみたいなものです。」
「へぇ!じゃあボクがヒーローになりたいっていう気持ちをボンノウって言うのかな?」
なんとなく違う感じがする。
夢とか希望じゃなくて、もっとこう生生しいというかそういった・・・
「う〜ん・・・言葉では難しいから・・・もっと簡単に、判りやすくクロノアさんにおしえたいです。」
ロロはパソコンの画面から目を放して、椅子から立ちあがった。
「うん。おしえて!。」
クロノアがわくわくしたように言った。

「ここに座ってください。」
ロロは椅子をクロノアの方へ向けた。
クロノアは不思議そうな顔をしつつ、椅子に座る。
煩悩・・・即ち欲望の事。
クロノアさんには、ううん、クロノアさんだからこそ、その言葉の意味を体におしえたい。
ロロの胸は頭に描いている光景を、今からすると思うと激しく高鳴った。
「クロノアさんはじっと座っててください。私自身、やり方がよくわからないんですけど、煩悩の意味をクロノアさんにおしえます。」
「はにゃ?やり方って・・??」
当惑しながらクロノアはロロが座っていた椅子に座る。
クロノアが喋っている途中で、ロロはクロノアの正面から椅子に座ると、クロノアにそっともたれかかり、
クロノアが驚いている間に、長い耳の下から右腕を入れて頭をこっちにグッと引き寄せる。
そして困惑するクロノアを上から唇で覆った。
たったこれだけ。たったこれだけのことで煩悩というものがまるで崩壊した堤防から流れ出す水のように胸を満たした。
これが煩悩というやつか?クロノアにおしえるはずが自分がしみじみ感じる事となった。
一度開放されたそれは、抑え込む事はできない。
ロロは奥へと舌を進ませる。クロノアは動こうとするが足をロロの足に抑えこまれて動けない。
自分でも驚くほど器用に動かして、クロノアを感じた。
クロノアの歯肉を舌の先で撫で、次第に位置をずらして歯列を嘗める。
刺激に近い快感に、ロロは目を瞑った。
クロノアはロロの行動に状況が理解できないようだった。目を見開いてロロを見たまんまだ。
歯列と歯肉から舌を放して、口の下に放置されているクロノアの舌自体を嘗め当てる。
舌の先に全神経が集中され、全身の力が抜けていく。
今まで舌に感じたどんな感触よりも、やわらかく、気持ちのいいものだ。
二人の息が荒くなり、興奮が高まっていく。
クロノアの荒い息が、妙に大きく聞こえる。今、頭にあるのは快感を得る事とクロノアのみ。
と、クロノアの体が小刻みに震え始めた。
どうやらクロノアの方もロロと同じ気持ちになってきたらしい。
クロノアは自分の舌をロロの舌と絡ませて、自ら口内を刺激する。
二人の口から無尽蔵に流れ出る気泡を含んだ、至極の水。
「ン・・・ア、ふヒ・・・」
クロノアの喘ぎ声がわずかに開いた口の隙間からこぼれてくる。

ロロはゆっくりと舌を抜き出し、クロノアの顔を見つめる。
二人ともすっかり顔を真っ赤に紅潮させ、興奮の汗が体を濡らしていた。
クロノアの頭の先からお腹の下までゆっくりと目で確認する。
ここまで「クロノアを覆う青いもの」がうっとうしく感じた事はない。
自然と手をのばして、クロノアを覆うものを脱がせようとする。
一方、クロノアは抗おうとはしない。煩悩が次を欲求する。
クロノアは腕を上げて、ロロが服を脱がせやすいようにする。ロロも上へ引っ張ってグイグイと服を脱がした。
綺麗に蓄えられた黒くて気持ちよさそうな毛。
薄くらい部屋に直線に入ってくる、太陽の光がクロノアの体を照らして、黒い毛の所々に銀の色を映しだしている。
手のひらでクロノアの胸を愛撫すると、クロノアは少しピクッと体を震わす。
そして手のひらの動きをピタッと止めて、クロノアの鼓動を感じる。
まるで繋がっているかのように、クロノアの胸の鼓動が伝わる。そして鼓動を打つ速度が上昇していくのがわかる。
「クロノアさんでも緊張することってあるんですね。」
口元を笑わせて言うロロ。だが、目には続きをやりたいという気持ちがに滾っている。
「き、緊張なんてしてないよ!それにロロだって・・・」
そういってクロノアの指先がロロの胸元に当たる。
自分がやっている時とは比べ物にならないほどのドキドキがロロを襲った。
たった指先を当てられただけでこうなってしまう自分の脆さに嫌悪すら感じる。
「私のこれは、・・・緊張とは違います。」
ロロが少しくぐもって言った。ロロの手はまだしっかりとクロノアの胸を撫でている。
「じゃあ何なのさ。」クロノアが少し掠れた声で言う。
緊張でもない、ましてや恐怖でもない。
だとするとあの感情しかない。
その感情は言葉で表すより、体で表した方がいい。
そう思ったロロは、椅子から降りて、床にヘタッと座りこむ。
そしてクロノアの手を引っ張って降りるように催促する。
クロノアは椅子を後ろにやり、床に座りこむ。

それから沈黙が流れた。
お互いにどう続ければいいか判らないらしい。
一度接吻を行なった以上、いくところまでいけばいいだけの話だが何だが・・・・。
やりたいのはやりたいが、どうすればこの気持ちを大いに発散できるだろうか、そんな考えばかりが生まれる。
人は煩悩によって動く
ロロの頭に突然あの本の文面が過った。
そうだ、考える必要なんてない。ロロはふっきれてクロノアの顔を見る。
もどかしそうな表情をしていたクロノアも、顔を上げて、ロロを見る。
ずっと前からそうするつもりだったかのように、ロロはクロノアを押し倒して、覆い被さる。
足と足が絡み合い、頬と頬が密着し合う。
クロノアの頬は思ったよりずっとやわらかく、自分の肌に馴染むようだった。
手は下にのびて、クロノアのズボンのチャックへとかかる。
「ロロ、そっちもやるの・・?」クロノアが小さく口を開く。
「クロノアさんは嫌何ですか?」ロロは耳元で呟くように言った。
「ううん。ちょっとムズムズしただけ。」
調度ロロの手がチャックを開け終えた所だった。
と、ロロの目当ては勢いよく飛び出してきた。
顔を少し上げて、それをを確認する。
高くのびたものと、勢いを失った噴水のようにそれをシトシトと滴り流れるものが見えた。
「そこは・・・アニャ…ンン・・・」
それを手で軽く愛撫する。それだけでクロノアは言葉にならない声を上げた。
握る度にしびれるような快感が、五臓に流れた。
全身の力を保つだけでも難しいくらい、快感に溺れそうだ。

ロロは瞑っていた目を開けてチラッとクロノアの顔を見る。
クロノアは小さく口を開けて、頬とそれに瞼にきらめくモノを添えていた。
「ゴメンなさいクロノアさん…私…言葉の意味をおしえるだけだったのに…何だか自分が見えなくなっちゃって…」
「ボンノウの意味…わかったよ。おしえてくれてありがとう、ロロ。」
クロノアはロロのお腹を二、三度撫でて、慰めるように言った。
またクロノアにフォローされた自分の不甲斐なさに嫌悪感が湧く。
その歪な気持ちを捨て掃うように、ロロは自分のアレと目当てのものとが密着するように、完全にクロノアに覆い被さった。
不思議と触れ合ってるだけの方が満たされていく。
クロノアさんって温かいなぁ・・・
クロノアの笑顔と言葉よりもずっと温かいもの・・・それはクロノア自体だった。
昔からいっしょにいたけど、気付けなかった。
もっと早くやっていたら気付けてたのかな。
愛撫しすぎてびしょぬれになった手で、クロノアのお腹から胸までを滑るように撫でていく。
指の間と間にクロノアの毛があたり、敏感になった手が快感で震える。
毛の下にあるクロノアの体からは優しい、温かい体温と感触を感じる。
クロノアもボーっとした顔で薄ぐらい天井を見上げているだけだった。
あの後、本の返却作業を済ませ、クロノアとポプカはブリーガルに帰った。
二人のやりとりはポプカには内緒だった。
帰り際にクロノア「バイバイ!」と元気よく言って、帰っていた。
まるで「本能のやりとり」をしなかったようないつもの素振りで・・・。
外はすっかり真っ暗になり、図書館も閉館の時間となった。
本を読んでいた人達もだんだんといなくなり、閉館時間五分前となった今では誰もいなくなっていた。
ほかのカウンター番に「戸締りは自分にまかせてください。」と言って帰らした。
自分以外誰もいなくなった図書館。静寂が流れる。
煩悩・・・か。
クロノアには言葉の意味がわかったか、結局聞けなかった。
もしかしたらよからぬ方向で意味をとっていたらどうしよう、
けど、そのおかげで今日は久しぶりにクロノアさんと遊べたからいいか!

おわり