深夜1:00、窓からは月の光が入ってきて私とクロノアさんを照らしている。銀色に輝くクロノアさんは、どこか神聖な雰囲気に包まれている。
大好きなクロノアさんと一緒のベットで寝ることができるなんて……、まるで夢みたい!
頭の芯がとろけるほど幸せな気分になっている私の肌にクロノアさんのふかふかの指がそっと触れてくる。うなじ、おへそ、太もも……。
クロノアさんの指が私に触れるたびに、身体の底から熱い何かが湧いてくる。
続いてクロノアさんは私の身体を唇であま噛みしてきた。クロノアさんの毛がチクチクする。
「もう!クロノアさんったら意外と積極的なんですね!」
私がそう言うとクロノアさんはニッコリと微笑み返した。

心地よい感触に堪えきれずに鼻にかかった息をもらすと、クロノアさんの指が私の一番大事な場所をノックしようと伸びてきた。
「んんッ!そ、そこは……」
まだ心の準備ができていない私の抵抗に構うこともなく、クロノアさんの指はどんどん奥へ進んでいく。
「駄…目……」
いくらクロノアさんが好きでもこういうのはちょっと……。…でもクロノアさんだったらいいかな……。
そんな葛藤を心の中で繰り返しているとき、誰かの声が私の意識に割り込んできた。

「ロロー、いないのー?」
聞き覚えのある男の人の声だ。そうこの声の主は……
私の頭の中で何かが急に活動を始める。私はクロノアさんと一緒のベットの中にいるはずだ。けれども今聞こえてきた声は、確かにクロノアさんの声だった。
いろいろな記憶の断片が私の頭の中に浮かび上がってくる。その内容を認識するたびに「何かがおかしい」という思考が膨らんでいく……。
クロノアさんが二人いるはずはない。
これは………夢!?

そう結論づけると、私は光の速さで目を覚ました。
まだ目も覚めやらぬ状態で辺りを見回す。そこはクロノアさんの部屋ではなく、見慣れた自分の部屋だった。
と不意にドアをノックする音が響いてきた。
「ロロー、今日はポプカたちと一緒に明日のお弁当の材料を買いに行くって言ってたでしょー?まだ寝てるのー?」
クロノアさんの声が聞こえてくる。
「い、今起きたところですから、もうちょっと待ってください。すぐに準備しますから。」
気持ちの整理がつかないまま、上ずった声で答える。
「じゃあ外で待ってるね。」
そう答えるとクロノアさんは外に向かって歩いていったようだった。

完全に気配が消えてから、私は身体の力を抜いて夢の内容を反芻してみる。今考えてみると、信じられないほど恥ずかしい夢だった。
「どうしてこんな夢を見たんだろう……」
いろいろと考えてみるものの、答えは見つからない。
そうしていると、私の思考を遮るようにクロノアさんが呼ぶ声が聞こえてきたので、私は急いで身支度を済ませて外へ向かった。

「……はぁ。」
買い物を済ませて家に帰る途中、私は今日のことを思い出して大きなため息をつく。
平気だと思っていたものの、実際にクロノアさんを目の前にすると、夢を思い出して平静でいられなくなったからだ。
話しかけられても、視線を合わせることができずにただただうつ向いているだけだった。
「絶対に嫌われた……よね?」
思わず独り言をもらす。肩を落としてトボトボと歩いていると、誰かが私に声をかけてきた。
「よう!何かあったのか、ロロ?」
目を開くと、ポプカがいた。何か用事があるとか言って途中で帰ったはずだったけど、もう用事は済んだみたいだった。
「買い物の間、なんかクロノアと目も合わせようとしてなかったけど、クロノアとなんかあったのか?」
鋭い、とそう思った。
「なんだよ、クロノアに何かされたのか?例えば……その……エッチなこととか?」
「……………」
私は無言でいたものの、内心かなりドキッとしていた。顔は耳まで真っ赤になるくらい火照っていただろう、がこの反応はまずかった。
この反応は誰がどう見ても肯定の意志表示と受けとるだろう。ポプカもそう受け取ったようだ。
「アイツ!ロロになんてことしやがるんだ!」
「ち、違うの。確かにクロノアさんの事だけど、でもそんな事じゃなくて……」
「じゃあなんなんだよ?」
「それは……その……」
「それは?」
ポプカは真っ直ぐに私の瞳を覗きこんでいる。
こんな恥ずかしい夢をだれかに話すなんて絶対にイヤだ、そうは思うけど、せっかくポプカが心配してくれているのに、その好意を無下にするのも……。思い悩んでいるうちにもポプカが迫ってくる。
「いいじゃんか!話せば楽になるって!」
「でも……」
「さぁさぁ!」

結局私は迫るポプカのプレッシャーに屈した。
夢で見た内容を全て、重い口を開いて説明した。
クロノアさんと一緒に寝る夢を見たこと、その夢の中で私は破廉恥な行為をしようとしていたこと、その夢が原因でクロノアさんと顔も合わせられなくなってしまったこと……

全て話し終わると、不思議と気持ちが楽になった。
その話をポプカは黙って聞いていた。
そして全ての話を聞き終えたポプカは真面目な顔でこう話し出した。
「あのなあ、夢っていうのは本人が強く願ってることとか、あこがれとかが形になって現れたモノだっていう話があるんだ。だから、もしかしたらロロはクロノアとそういうことをしたいと思ってるんじゃないかな?」
「そんな……私、そんなことしたくなんか……。」
「でもクロノアのことは好きなんだろ?」

ポプカのこの一言で、私はまた顔が赤くなった。
「うん……」
「だったらさ、ちゃんとクロノアに伝えればいいじゃんか!アイツは鈍いから、そういうのは自分から言わないといつまでたってもただの友達のままだぞ?いきなり夢でしたみたいな事は出来ないだろうけど、それでも甘えるくらいなら出来るだろ?」
「うん…、そうだね。私、頑張ってみる!」
「おっし!じゃあ早速明日告白してみろよ。遊園地なら二人きりになれる場所がたくさんあるだろ?オイラとチップルは勝手に遊んでるから、クロノアと二人で頑張ってこいよ。」
「わかった。それじゃあまた明日ね!」
私はさっきまでの暗い気持ちが嘘のように明るい気持ちになってきた。
そして自分の家に帰った私は明日にそなえて早めに寝ることにした。

翌日、私はいつもより早く起きてお弁当を作った。幸いにも今日は恥ずかしい夢を見ずに済んだから、クロノアさんともお話出来るだろう。
これからの予定を考えて心躍らせながら身支度をする。

待ち合わせの時間よりも三十分早く遊園地についた私はベンチに腰掛けてクロノアさんたちを待つことにした。
待っている間、昨日の事を思い出してみる。
今思い返してみると、異性に対してこれほど興味を抱いたのは初めてだった。
確かにクロノアさんのことは前から好きだったけど、それは今の「好き」という感情とは別物のような気がする。
今までは単純に友達として好意を抱いていたのが、今は異性として意識している。
いったい何故急に?

しばらく考え込んでいるとクロノアさんたちがやってきた。
入り口で入場券を買った後でポプカの提案通り、私とクロノアさん、ポプカとチップル君の二手に分かれて行動することにした。

クロノアさんはどうも絶叫系のアトラクションが好きなようで、なかなか二人きりで話すことが出来ない。
もっと静かなアトラクションの方が都合はいいけど、クロノアさんが楽しんでくれてるからと、私はクロノアさんの選択に任せることにした。

そうしているうちにいつの間にかお昼になっていたので、一度お昼ご飯を食べるためにみんなで集まった。
楽しくおしゃべりをしながら持ってきたお弁当を食べた後で、ポプカが私に状況を聞いてきた。
「どうだよ?クロノアとはうまくやってるか?」
「うーん……。なんて言うかクロノアさんはジェットコースターとかが好きだから、あんまりお話する機会が……。」
「なんだよ、アイツに合わせてたらいつまでたっても進展しないって言っただろ?午後は自分で決めた方がいいぜ?」
「でもそれじゃクロノアさんに悪いし……」
「あー!!もう!!煮えきらないな!だったらお化け屋敷にでも入ったらどうなんだよ。クロノアはそういうの好きだと思うぜ?」
「お化け屋敷……」
正直、お化け屋敷はかなり嫌いな部類のアトラクションだった。
お化けなんていない、そう頭では理解しているものの、実際にあの暗い空間に入っていると怖くなってくる。
それを自ら提案するのはちょっと抵抗があった。
「ちょっとイヤかな……」
「じゃあどうするんだよ?アイツはメリーゴーランドに乗って喜ぶようなヤツじゃないぞ?」
「確かにそうだけど……」

すったもんだの末、結局私はポプカの提案を受け入れて、お化け屋敷に行くことにした。
「ロロはお化け苦手じゃなかったっけ?大丈夫?」
クロノアさんが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫です。へっちゃらです。」
正直かなり怖かったけど、これもクロノアさんとお話するためだから仕方がない。
まだ何か言いたそうなクロノアさんをなかば強引に引っ張って、私達はお化け屋敷の中へ入っていった。


自分から入ろうと言ったものの、いざ入ってみると、薄暗いその空間は私の心を不安にさせた。
何か物音がするたびに悲鳴をあげてクロノアさんの腕にしがみつく。
なるほど、確かにお化け屋敷なら二人きりでお話できるし、今みたいに自然にクロノアさんと手を繋ぐことができる。
「大丈夫?」
私が悲鳴をあげるたびに、クロノアさんは心配そうに声をかけてくれる。
これはこれで良いシチュエーションだな、なんて思って私は少し気を弛めていた。
とその時私の目の前に、天井からガイコツの人形が落ちてきた。
「キャーーーーッ!」
あまりに突然のことに、私の頭の中はパニックになる。
クロノアさんの手を振りほどいて、とにかく外へ出ようと全力で走りだした。
とにかく無我夢中で走っていたせいか、足元に何かがあるのを見落として転んでしまった。
気付けばこの暗い空間に一人ぼっち。
今転んで足をくじいたのか、痛くて立ち上がることが出来ない。
不安で胸が締め付けられるような感じがする。
「こんなことなら……お化け屋敷なんて来るんじゃなかった。」
激しい後悔と不安とが混じりあって、私は今にも涙が出てきそうだった。

「あ、いたいた!大丈夫、ロロ?」
聞き覚えのある明るい声に私はあわててこぼれ落ちそうになっている涙を押さえる。
「クロノアさん……。私…その……ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって……」
「あれ?足をくじいたの?」
片膝をついたクロノアさんが、私の足首に手を当てて、その具合を確かめる。
「……はい。本当に私ってドジですね。本当は怖いのに無理してお化け屋敷に入ったり、驚いて走って転んだり……。本当に……」
そうしゃべっているうちに、なにか目の奥に熱いものを感じてくる。
私は堪えきれずにクロノアさんの前で泣いてしまった。
「ごめんなさい…私……本当にごめんなさい。」
涙が溢れてきて止まらない。
「ロロ…。そんなにあやまらなくてもいいよ。全然気にしてないから。だから泣かないで?」
「ごめんなさい……」
「うーん……」
何か考え込むような仕草をとったクロノアさんは、おもむろに私をお姫様ダッコで抱きか上げた。
「とりあえず外に出ようよ。歩けないみたいだからボクが運んであげるから。」
そう言うとクロノアさんは、私を抱きかかえたまま、出口の方へ歩いていった。

結局私が足をくじいたので、今日はもう帰ることになった。
私一人では家まで帰れないので、クロノアさんにお姫様ダッコしてもらって家まで送ってもらうことになった。
帰り道、クロノアさんが沈黙を破って私に話しかけてきた。
「ロロ、なんだか昨日から様子が変だよ?何か悩みごとでもあるの?」
私は黙ったままで何も言えない。
そんな私にクロノアさんは次々と優しい言葉をかけてくれる。
怪我は平気?もう大丈夫だよ?
そして最後に「ひょっとして、ボクのことで悩んでるの?」と。
それを聞いた私は覚悟を決めた。
「クロノアさん…。私…クロノアさんのことが…好きなんです。」
「ロロ……」
そう言うとクロノアさんは私を降ろすと同時に私の口にキスをした。
フワフワの感触と、顔に当たるチクチクした毛が夢の内容を思い出させる。
それは一瞬の出来事だったけど、私にとってその一瞬はとても長い時間に感じた。
「ボクもロロのことが好きだよ」
そう言ってクロノアさんは私を抱き締めてくれた。
服越しにクロノアさんの体温が伝わる。
「しばらくこのままでいてください。」
私はそう宣言すると身体の全てを預けるようにクロノアさんに寄りかかった。
まだ夢でみたようなことはできないけど、これくらいならいつでもできるかな?
それにいつかは……、まだまだ先の話になるかもしれないけど夢の内容と同じようなことも……。
そう思うと自然と笑顔になった。
「あ、今やっといつものロロになった。」
「そうですか?」
「うん。やっぱりロロは今みたいに笑ってるときが一番かわいいよ!」
そうですね、と返事をしてから私は夕暮れの道をお姫様ダッコされながら家に帰っていった。